作品媒体による制約

娯楽性や表現性を追求する作品形式は様々にありますが、それぞれ制約があるといえます。ここでいう制約として、私は四つの制約があると思います。

一つ目は表現の制約です。

例えば漫画では連載という形式が取られており、人気がなくなれば打ち切りとして作品自体が終わってしまいます。連載作品の人気というバロメーターは瞬間風速のようなものであり、これは長期的な作品作りには不向きといえます。

そもそも作品の権利は出版社に譲渡されているわけで、その意味で自由はないという言い方もできます。出版社の意向に沿う必要があり、多くの場合は編集者と共同で作品を作り上げていくことになるでしょう。

ドラマやアニメなどでもスポンサーの意向に沿う必要があるでしょうし、ゲームでも企画と開発が別企業に分化していれば、開発者が自由にゲームを制作できないこともあります。リアルタイムな制作環境であれば、良くも悪くもこの声を無視することは難しくなります。

またどのジャンルにせよ、関わる人が多くなればなるほど、表現の制約は厳しくなるといえるでしょう。

二つ目は時間の制約です。

多くの場合、作品にはこの時間の制約が課せられており、どんなに素晴らしい長編の物語を思いついても、この枠に収まらなければ意味がありません。

例えば映画では約二時間か三時間となることがほとんどであり、人が集中できる時間や興業としての回転率を考えれば、これはあまり自由が利きません。

音楽ではCDの収録時間がその制約に当たるといえますが、デジタル時代においてはその枷はほとんどないといえるでしょう。

ドラマやアニメでは1クール12話としておよそ五時間単位となり、長編を描くことができます。しかし作品が打ち切りにされてしまえば、尻切れトンボになってしまいますし、また人気作品であれば、逆に物語が不本意に引き伸ばされることもあるでしょう。

漫画でも同様の問題を抱えています。漫画で特筆すべきは読むスピードが自由である点です。また物語を忘れても、手軽に読み直すことができるのも大きなメリットです。

また我々が作品を楽しむ上での時間の制約もありますが、デジタル媒体においては、好きな時に好きなだけ楽しめるようになっており、ほとんど差はなくなってきたといえるでしょう。

三つ目は場所の制約です。

映画はもちろんTVやPCで見ることもできますが、映画ならではの表現を考えれば、やはり映画館で見ることが最も適当であり、物理的な制約があるといえます。

音楽は外でも楽しめる作品媒体として、いち早く主流になったジャンルといえます。ヘッドフォンを使えば、音質の劣化もあまり気にならないことでしょう。

ゲームでも現在は据置機より携帯機の方が多数派となっており、この場所の制約をできる限り受けない形態へと変化しています。

場所については家で楽しめるか、外で楽しめるか、特定の場所でしか楽しめないかなどが、重要な観点であるといえます。

四つ目は機材の制約です。

我々が作品を楽しむ環境によって、作品が本来の価値を発揮できるかが左右されることがあります。TVやスマートフォン、ゲーム機などの機材がこれに当たり、特に画質や音質はこの機材の制約の影響を受けます。

画面の大きさや解像度の高さによって画質は大きく異なりますし、スピーカーによって音質が大幅に変化してしまいます。特にゲームは専用のハードウェアが必要になることも多く、スペックの問題は常に付きまとい、この機材の制約の影響を強く受けているといえるでしょう。

逆に漫画などはこの機材の制約をほとんど受けないといっていいでしょう。冊子そのものを購入すれば、最も手軽に作品を楽しむことができます。
とはいえ機材の制約はお金さえかければ、すぐにでも解決できるわけで、他の根源的な制約に比べ、比較的に対処法は単純であるといえます。

以上を踏まえ、あくまで簡単な理解として、下のような表にまとめました。

表現の制約時間の制約場所の制約機材の制約
漫画
ドラマ・アニメ
映画
音楽
ゲーム

作品媒体による制約は言い換えると絵画における額縁と同じであるといえます。額縁を超える大きさの絵を描くことはできませんし、時には額縁に合わせて作品が捻じ曲げられることもあります。

どのジャンルにも様々なメリット・デメリットがありますが、これらの四つの制約を明確に認識し、ならではの側面を生かすことが創作において重要な視点となります。